弁護士吉田孝夫の憲法の話(65) 居住、移転の自由
憲法22条は、居住、移転の自由、外国に移住する自由、国籍を離脱する自由を定めています。居住、移転の自由は、あまりにも当たり前で、人権というのは大げさではないかと思う人が多いのではないでしょうか。明治憲法では、「法律の範囲内において」居住及び移転の自由が認められていました。
江戸時代以前は、一般に居住・移転や旅行は自由ではありませんでした。しかし、農民が、領主の悪政に対し、逃散(ちょうさん)という対抗手段を取ることがありました。集団で山に逃げて、木の実などを食べて暮らすのです。悪政への対抗といえば、一揆(いっき)が良く知られています。一揆は暴動と思われがちですが、暴動に限らず、集団行動を言います。逃散も一揆の一種で、農民が集団で田畑からいなくなると、領主は困るわけです。
現在では、土地に縛られるということはなくなりました。しかし、日本国籍を持たずに日本に居住している人々にとっては、居住・移転の自由は十分に保障されているとは言えません。日本の旧植民地だった朝鮮、台湾の人達は、日本国籍を有していました。ところが、1952年(昭和27年)4月28日のサンフランシスコ講和条約発効とともに、朝鮮人、台湾人はすべて日本の国籍を喪失するとの法務府(後の法務省)民事局長通達が出され、日本から本国に強制送還されてしまうかもしれないという不安定な状況が生じました。居住の自由が脅かされたのです。憲法が施行された時には、旧植民地の人々は日本国民として居住の自由が保障されていたのに、国籍選択の機会もなく、突然日本国籍を奪われました。特に、海外旅行の後、再入国が許可されず、生活の本拠を失うという問題は今も解決していません。このようにして国籍を奪ったことの正当性についてはうやむやにされたままです。