弁護士吉田孝夫の憲法の話(77) 教育を受ける権利(4)
平和教育は人権教育と密接な関係があります。憲法97条には、「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、(中略)現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」と書かれています。人権は、人類の努力の成果として、国民に預けられた権利だということです。自国第一主義は人権に反します。人は誰でも、国より、自分と自分の家族の命の方が大事です。かつて教育勅語は、国民(臣民)は国や天皇を守るために命を差し出すべきだという洗脳教育に使われました。戦争は、国の都合によって、自国の罪もない人に命を差し出させ、他国の罪もない人々を殺す行為であり、生存環境を破壊する行為ですから、最大の人権侵害です。1945年に日本の大多数の国民はそのことを身をもって実感したはずです。そのため、日本国憲法は大多数の国民に歓迎されました。
環境保護も人権と密接な関係があることは、公害問題や地球規模で起こっている環境破壊によって明らかです。1972年の国連人間環境会議を経て、1992年には「持続可能な開発」(サステナブル・ディべロップメント)を掲げた「環境と開発に関するリオ宣言」及びその具体的な行動計画である「アジェンダ21」が採択されました。しかし、環境問題は悪化の一途をたどっています。
現在、世界中で平和教育や環境保護教育に失敗している現実があります。哲学者フッサールが警告した、科学的合理主義に基づく考え方が肥大し、生活世界を直視する考え方が相対的に軽視されてきたことと無関係とは思えません。仏教では、貪(むさぼり)瞋(いかり)痴(おろか)を三毒と言って、小の三災(飢饉、戦争、疫病)の原因としています。科学はそのようなものは扱えないので、戦争のための兵器を作ることはできますが、人類の滅亡を救う処方箋を作ることはできないはずです。
