弁護士吉田孝夫の憲法の話(36) 古い全体主義と新しい全体主義(1)

前に、「すべて国民は、個人として尊重される。」(憲法13条)というのは個人主義を定めたものであって、全体主義、国家主義を否定する意味であること、憲法を全体主義的、国家主義的に解釈すると、戦前の悲惨な軍国主義時代の日本に逆戻りしてしまうと書きました。自民党が2012年に公表した憲法改正草案は、この部分を、「全て国民は、人として尊重される。」と変え、個人主義を否定しています。又、同条の、「公共の福祉に反しない限り」最大の尊重を必要とするという部分も、この改正草案は、「公益及び公の秩序に反しない限り」というように、全体主義的、国家主義的な言葉に変えています。

日本では、個人主義は本当に定着したことがなく、利己主義と混同して、悪いものだと思っている人が多いと思います。「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」という教育勅語の下で、戦前の義務教育を受けて育った人や、そういう人達から強い影響を受けた人は、公=「お上」であり、個人はお上に奉仕するものだという思いが意識の底に染み付いていますから。

憲法15条2項の、「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。」という条文は、公務員は、日本国籍を持たない人も含む広い意味の、個人としての国民全体に奉仕する者であるという意味です。例えば、国家公務員法96条に、「すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し」などと定められているのは、個人主義が根底にあるからです。しかし、個人主義のたがが外れると、公務員が奉仕する相手は国民ではなく、全体としての国家であり、公務員は国家に奉仕しなければならないというように、意味が変えられてしまう恐れがあります。戦後生まれの私は、個人主義の空気を吸って育ちましたが、今、新しい全体主義の空気が充満していると感じられます。