弁護士吉田孝夫の憲法の話(51) 請願権(1)
憲法16条は、「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。」と定めています。請願権は、1689年(日本では5代将軍徳川綱吉の時代)、イギリスの権利章典で国王に対する請願が認められたのが始まりとされています。日本で請願権に似た制度と言えば、1721年、8代将軍吉宗の享保の改革で目安箱が設置されたことでしょう。
明治憲法にも、「日本臣民ハ相当ノ敬礼ヲ守リ別ニ定ムル所ノ規程ニ従ヒ請願ヲ為スコトヲ得」と定められましたが(30条)、別に定める規程である請願令が制定されたのは、1917年(大正6年)でした。この請願令は、内容や方法について厳しく制限されていたということです。
憲法16条は、請願の相手、内容を制限せず、方法についても「平穏に」というだけですから、請願法で過度に制限することは違憲になります。
請願権については、国民主権が確立する前の時代には重要な権利だったけれども、現在では意義が薄れて来たという意見もあります。しかし、民意を直接、議会、政府、首長などに伝える手段として、今日でも重要とする考え方が正当だと思われます。
例えば、オンブズマン制度というのは19世紀初めにスウェーデンで始まった制度で、高い識見と権威を備えた第三者(オンブズマン)が、国民の行政に対する苦情を受け付け、中立的な立場からその原因を究明し、是正措置を勧告することにより、簡易迅速に問題を解決するものと説明されています(総務省のホームページ)。日本では、そのような制度を取り入れている自治体もありますが、民間の市民オンブズマン運動というものも存在します。民間の運動の場合、民意を陳情という形よりも請願という形で提出することには、官公署に受理義務、応答義務を含む誠実処理義務が生じるなどのメリットがあります。