弁護士吉田孝夫の憲法の話(82)財産権の保障(1)

憲法29条1項は、「財産権はこれを侵してはならない。」と定めています。これはフランス人権宣言に由来し、明治憲法27条も所有権不可侵と公益のための収用を規定していたことは前に書きました。
日本ではヨーロッパよりも所有権に基づく使用・収益・処分の自由が尊重され過ぎたきらいがあります。欧米では所有権の成立の歴史があり、法律に書かれていないマナー、意識があるのに対し、日本は明治になって、歴史と断絶した法制を取り入れたことがその原因とも考えられますが、江戸幕府を倒して明治政府で権力を得た薩長の士族達が幕府の土地を山分けしたことも、一因と思われます。
明治憲法時代の収用に関する歴史的な事件として、足尾銅山の鉱毒を含んだ渡良瀬川の洪水により被害を受けていた谷中村(やなかむら)を廃村にして遊水池にするため土地収用法が使われたという出来事があります。鉱毒で土地の価格は二束三文になっていたため、村民はわずかな補償で追い出されたそうです。これでは村民は踏んだり蹴ったりです。
現行憲法29条は2項で、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」とし、3項で、「私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。」としました。戦前の旧土地収用法では、「国防其他兵事ニ要スル土地」が収用の一番目に挙げられていましたが、戦後に制定された新土地収用法には記載されていません。現行憲法は国防等のための収用は認めていないと解釈するべきですが、最高裁がそのような収用を違憲と判断する可能性は低いでしょう。
戦後、幣原内閣が憲法改正のために設置した憲法問題調査委員会(松本委員会)では、顧問の野村淳治博士は財産権の民主化を強く主張し、詳細な「野村意見書」を提出しました。野村意見は松本委員会では採用されませんでしたが、現行憲法に影響を与えていると推測されます。