弁護士吉田孝夫の憲法の話(46) 反省によって生まれた憲法条項(7)

明治憲法にあったけれども、日本国憲法では除かれた条項もあります。軍隊に関する条項、貴族に関する条項などです(ただし、天皇と皇族は残されました。)。
そのほかに、緊急事態条項も除かれました。明治憲法8条は、「天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス」と緊急勅令を定め、14条は戒厳令を定めていました。緊急勅令は、次期帝国議会で承諾されなければ、以後、効力を失うことになっていましたが、帝国議会を召集するのも天皇で、天皇は衆議院の解散権も持っていましたから、緊急勅令を承諾するか否かを決議する帝国議会が確実に開かれるという保障はありませんでした。明治憲法で緊急事態条項があまり問題にならなかったのは、元々、かなり非民主的な憲法だったからです。

緊急事態条項は、憲法に定めた人権の保障を無にしてしまう危険があります。第2次世界大戦前のドイツでは、民主的な憲法が制定されましたが(ワイマール憲法とよばれています。)、その憲法の下で独裁政治が行われました。国家社会主義ドイツ労働党(ナチス)のヒットラーが首相になったときに、憲法の緊急事態条項を利用して大統領に緊急命令を出させ、それによって、反対する政党の党員を正当な理由なく拘束し、ヒットラーに独裁権限を与える法律ができてしまったのです。

このように、緊急事態条項は、民主的な国を独裁国家に変えてしまう危険な条項です。自民党が2018年(平成30年)に作った憲法改正の「条文イメージ・たたき台素案」には、憲法に73条の2として、緊急の場合に内閣が緊急政令を制定することができること、緊急政令について速やかに国会の承認を求めることを定めた規定がありますが、立憲主義に反し、憲法体制を崩壊させるものです。