弁護士吉田孝夫の憲法の話(60) 表現の自由(1)

表現の自由について憲法21条1項は、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と定めています。前に「精神的自由と経済的自由」で、表現の自由を含む精神的自由が経済的自由より高度に保障されるべきだという、いわゆる二重の基準論について書きました。中でも、政治的な意見の表明や事実の報道の自由に対する規制が許される基準は厳格でなければなりません。特に主権者である国民が法的に権利を行使する重要な機会である選挙に際しては、対立する候補者の政見の違いについて選挙民が十分に情報を得られなければ、公正な選挙とは言えないはずです。ところが、日本では選挙前の時期から投票日まで、政治的な言論でも、選挙運動とみなされると、自由が極度に制限されてしまいます。「選挙運動」とは何かというのも明確ではなく、「特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為」とされていますので、選挙が近づくと、うっかり政治の話もできず、候補者にとっても、怪文書などの不正行為に対する自由な反論ができません。禁止されるのは、事前運動、戸別訪問、文書・図画の配布など、広範囲にわたり、捜査の段階で逮捕・勾留されるおそれがあり、有罪になると拘禁刑、罰金、公民権停止という重い刑罰が科せられます。その歴史的積み重ねが国民を選挙から遠ざけ、投票率の低下を招いているのではないかという疑いがあります。
しかし、最高裁はそのような規制について、あっさりと、選挙の弊害防止という「公共の福祉」による規制だから合憲だと判断しています。そのような理由付けでは不十分だとする裁判官は、選挙のルールとして皆が守るべきものだから、国会の裁量に任されるというのですが、選挙のルールがゲームのルールと同じでいいのか、非常に疑問です。国連の規約人権委員会も、日本政府に対し、制度の見直しを勧告しています。