弁護士吉田孝夫の憲法の話(61) 表現の自由(2)

言論を初めとする表現は、他人を不快にさせ、いざこざの発端となることがあります。「口は災いのもと」ということわざもあるくらいです。近年は、パソコンやスマホの普及により、インターネットによるX(旧ツイッター)、フェイスブックなどのSNSと呼ばれる社会的なコミュニケーション手段の利用者が激増しました。これは、個人の発信が短時間で多数の人に伝わるようになり、便利になった反面、その内容によっては気分を害する人が激増し、又、1人に対して多数の反論が加えられることにもなりました。
従来、表現の自由も無制限ではなく、差別的表現によって人を傷つけてはいけない、社会的弱者に対する不適切な表現で傷つけてはいけないというようなことが言われてきました。ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)というのは、そういうことを表す言葉で、日本では、「ポリコレ」と略されています。ところが、その声が徐々に大きくなってくるに従って、キャンセル・カルチャー(排除文化)という現象を生み出すことになりました。ポリコレに反する発言や行動をした人を、その地位から排除する社会現象です。そうなると、表現の自由との間に大きな問題が生じてきます。最近の実例として、弾劾裁判所による裁判官罷免の判決があります。裁判官がSNSで投稿した内容が不適切であり、結果的に他人の心情を害したという理由で罷免され、法曹(裁判官、弁護士、検察官)から排除されました。これは、キャンセル・カルチャーの大砲のようなものです。何人かの憲法学者や弁護士は、裁判官の表現の自由の侵害だという見解を表明しています。確かに、その判決には、表現の自由に対する重大な侵害という側面があります。しかし、この問題の本質は、弾劾裁判所が憲法に適合しない欠陥品であり、立憲主義の柱である司法権の独立にも反していることにあります。その点は、後に司法権に関して書きます。