弁護士吉田孝夫の憲法の話(45) 反省によって生まれた憲法条項(6)

明治憲法の下で、立憲主義を掲げる名称の憲政党や立憲改進党、立憲政友会などができました。しかし、大正デモクラシーを経て昭和の時代に入ると、前に述べましたように、天皇機関説事件が起こり、立憲主義は天皇を侮辱するものとして、完全に否定されました。人権の保障は立憲主義の内包(要素)ですが、国民(臣民)は進んで立憲主義を放棄し、天皇を中心とする軍国主義が政治を支配するのに任せ、明治憲法体制は崩壊しました。こうして、戦争に反対する者は「国賊」、「非国民」と呼ばれ、日本は悲惨な戦争に突入していったのです。

このような経験から、学問の自由が保障されることにもなったわけですが、現在の憲法は、更に、次のような条文を置いています。
98条1項「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」、99条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」

更に、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」を憲法に従わせるために、憲法81条は、最高裁判所を、「一切の法律、命令、規則又は処分」が憲法に反していないか否かについての終審裁判所としました。
以上の条文は、前に、「憲法を解釈するということ」でも取り上げました。ここまで定めておけば、この憲法体制が崩壊する心配はないと思われるかもしれませんが、そうではないということを、何度も書きました。国民がなんとなく多数意見は正しいだろう、それが民主主義だと思っていたら、権力を握っている人々は、抜け道を作ります。