弁護士吉田孝夫の憲法の話(53) 国家賠償(1)

日本国憲法17条は、「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。」として、国又は公共団体に対する損害賠償請求の訴訟を認めています。そんなことは当たり前だろうと思われるかも知れませんが、明治憲法では原則として、そのような訴訟は認められていませんでした。民法には、不法行為によって他人に損害を与えた者は損害賠償責任を負うとの定めがあります。ところが、明治憲法の下では、役人が公権力を行使するに当たって不法に私人に損害を与えても、国も役人も責任を負わないものとされていました。これを、主権免除、主権免責、国家無答責の法理といって、その頃は国際的にも認められている法理でした。
江戸時代には民間人が武士に対し無礼なことを言ったり、したりすると、無礼討ち、手討ち、切り捨て御免などとして、切り殺されても泣き寝入りするしかない制度がありました。さすがに、明治憲法ではそのような制度はなくなり、「臣民の権利」が憲法に規定されましたが、国民は天皇の臣下でしかなく、役人はお上の側で、官尊民卑が横行していました。官尊民卑の思想は、国民が主権者になった今も続いていますが。
明治憲法下では、司法裁判所は公権力の行使に関わる訴訟は受理せず、行政裁判所も、損害賠償の訴訟は受理しないとされていましたから、泣き寝入りの事例は多かったと思います。ただ、国が公権力の行使ではなく経済的取引を行った場合や国の施設等の瑕疵によって私人に被害を与えた場合などには、例外的に損害賠償責任が認められたということです。
新憲法の下で、国家賠償法が制定され、公権力の行使により民間人に損害を与えた場合、国や地方公共団体が責任を負うことになりました。それ自体は、被害者救済のために喜ばしいことですが、未だ問題は残っています。