破産についての基本的な考え方(4)

日本の敗戦と新憲法の制定

日本がアメリカ、イギリス、中国等の連合国を敵に回して戦った太平洋戦争は、1945年(昭和20年)に日本が降服して終結しました。

その翌年に制定された日本国憲法には国民主権、基本的人権の尊重等の規程が盛り込まれました。より具体的には、憲法14条で法の下の平等が定められるとともに、同44条では国会議員の選挙につき、「財産又は収入によって差別してはならない」と明定され、破産者に対する資格制限が大幅に取り除かれました。この憲法の下では破産を理由とする個々の資格制限について、合理的な根拠が必要と考えられ、破産者に対する制裁の意味は相当希薄になってきました。

免責主義の採用

日本の破産法がその性格を大きく変えたのは、1952年(昭和27年)のことです。
同年に会社更生法が制定されたのと軌を一にして、破産法に英米の免責制度が取り入れられ、復権(資格回復)の道も広げられました。

非免責主義の下においても、破産宣告によって債権者の個別の請求や強制執行が出来なくなったり、破産手続終了後も事実上、債権者が請求を諦めたりすることがあるので、破産者にとって全然救済の意味を持たないとは言えませんが、この改正により、破産法は債務者救済法としての性格を明確にしました。

しかし、破産法が改正されたら、すぐに、債務者が免責制度によって救済されるようになったかと言えば、そうではありません。法制度は、それほど単純ではないのです。この救済制度は十数年間眠り続けていました。

制度が機能するには、それを機能させる人間が必要です。弁護士にしても、裁判官にしても、大多数は「借りたものは返さなければならない。」という強固な観念を持っていました。私は、司法試験に合格するまでは、破産法はほとんど勉強していなかったし、司法修習で破産法の実務を教わったものの、それは通常の企業破産についてのみでしたから、免責制度を知らずに、1975年に弁護士になったのでした。