司法修習生の「給費制」問題の議論で抜け落ちているもの(1)

本年(2020年)9月4日、元司法修習生の弁護士らが原告となって損害賠償を求めていた「給費制廃止違憲訴訟」に対する最後の最高裁決定が出されました。結果、原告らの敗訴が確定しました。

この事件は、司法修習制度の根本的な問題を含んでいると思います。しかも、元司法修習生の原告らは根本的な問題を争点にすることを避けました。

この問題について、私がかつて(2016年12月~2017年1月)法律新聞に寄稿した論考を何回かに分けて、転載したいと思います。今回は、その第1回です。専門的な問題なので、予備知識のない方には難しいかもしれませんが。

1 はじめに

現在、司法修習生の「給費制」復活、「新たな経済的支援制度」の創設などを求める運動が盛んに行われ、新聞の論調もそれを支持する傾向が見られるようになりました。経済的支援制度の具体化も見えてきました。これで困窮していた司法修習生に救いの手が差しのべられ、激減していた法曹志望者が増加するかもしれないと喜ぶ方は少なくないことでしょう。
しかし、それで目出度し目出度しというのでは、日本の司法制度の異常性を覆い隠すことにしかなりません。
私は、「給費制」問題をもっと本質的な面からとらえなおす必要があると思っています。給費制廃止違憲訴訟の原告や代理人を含め、ほとんどの人が問題を本質的に考えていないと思っているのです。本質的な問題が議論されていないことは、司法修習生の「給費制」の復活と言って「給与」の復活とは言わないことにも現れています。
思えば、私が司法修習生だった一九七〇年代は、司法修習の危機と言われていた時代でした。それ以後、司法修習制度の意義に関する弁護士の意識は薄れていき、一九九〇年代には日弁連は、この制度に関する原理原則を放棄してしまいました。
私には引用可能な文献は限られていますが、できるだけ文献に基づいて述べていきたいと思います。

2 憲法と法曹一元

司法修習生はなぜ給与を受けることとされたのかという疑問が本質的考察の第一歩です。後述のように、日本国憲法制定の審議と並行して政府部内で検討されていた裁判所構成法の改正問題の一つとして、憲法が要請する法曹一元に対し、従来の官僚裁判官制度を継続させるためにはどうすればいいかという観点から、司法修習制度が新設されることになりました。つまり、司法修習制度と法曹一元との間には密接な関係があります。
そこで、法曹一元とはどういうものかという予備知識が必要です。法曹一元とは、端的に言えば、裁判官は弁護士としての経験を積んだ者の中から選任されるべきであるというものです。古くは一九〇七年(明治四〇年)の日本弁護士協会の総会で、「司法官ハ総テ弁護士中ヨリ採用スルコト」との決議がなされ、一九三六年(昭和一一年)一一月には、東京弁護士会と日本弁護士協会との共催で開催された全国弁護士大会で、「司法官タル資格ハ之ヲ十年以上弁護士ノ職ニ在ル者ニ限ル制度ヲ確立スベシ」との決議を満場一致で可決したとのことです(松井康浩「日本弁護士論」一四四頁以下)。
ところで、日本国憲法は法曹一元を要請しているのかという点に疑問を持つ方が居られるかもしれません。
有倉遼吉他編「条解日本国憲法改訂版」四九四頁以下では、下級裁判所裁判官の任期・再任を定めた憲法八〇条一項について、「憲法のこの規定は法曹一元制を前提としたものと沿革からは考えられるのだが、裁判所法の制定過程でそれは専門職裁判官制にとって代わられることになり、これによってこの任期・再任制もまた、身分の継続性と結びつくことになったとされている」「本条の任期・再任制をどうみるかも、法曹一元制との関連でみるか、後者の専門職裁判官制との関連でみるかによって変わってくる。」との論理的必然性に基づき、法曹一元の下では再任は自由裁量と解されるが、現実には専門職裁判官制が採用されたので、再任原則説の羈束裁量説が通説であるとしています。
野中俊彦他編「憲法Ⅱ第三版」二四三頁では次のように解説されています。
「一般論としていえば、任期制が直ちに裁判官の身分保障の趣旨に反するわけではない。法曹一元制をとれば、その下では任期を定め、任期満了とともに裁判官は当然退官すると定めても不合理とはいえない。そして憲法は法曹一元制の採用を理論的に否定しているとは解されないから、羈束裁量説の主張する内容は、憲法八〇条一項の一義的な要請と解されるべきではなく、それが現行のような裁判官制度に適用される限りにおいて、裁判官の実質的な身分保障を確保するという見地から要請されると解すべきであろう。」
つまり、裁判官が任官から退官するまで段階的に地位が昇進する制度(キャリア・システム)と任期制、特に自由裁量の再任制とは両立し得ないというのが憲法学者の通説です。
憲法の施行と同時に施行された裁判所法は、憲法との間で、どのように折り合いをつけるかが審議の過程で問題になったはずです。実際に、政府(法制局、司法省民事局)の想定問答では、八〇条の解釈として再任を原則とするとされました(高田敏「下級裁判所裁判官の再任制」(芦部信喜他編「演習憲法」一九七九年所収)五四三頁)。
司法修習制度を考察する場合、憲法が本来要請していた法曹一元と、旧憲法時代からのキャリア・システムの継続との緊張関係を頭に入れておく必要があります。

(つづく)