司法修習生の「給費制」問題の議論で抜け落ちているもの(2)

3 司法修習制度の発案

司法修習制度は誰がどのような目的で発案したのか。その詳しい経緯は内藤頼博「終戦後の司法制度改革の経過」に書かれているようですが、日本の敗戦の三カ月後、早くも閣議決定で「司法制度改正審議会」が設置され、同年一二月の同審議会第一諮問事項関係小委員会第二回会議に司法省が提出した試案には、①司法官試補の修習期間中に弁護士の実務も取り入れ,②修習期間を三年以上とし、③予備判事・予備検事の期間を四年以上にすることや、④七年以上弁護士として実務に従事した者にも判事・検事の資格を与えることが書き込まれていたというのです(早野貴文「統一修習の歴史的背景と現実の機能」・臨床法学教育学会「法曹養成と臨床教育No.5」二〇一二年所収二七頁以下,東京弁護士会司法制度臨時措置委員会編「岐路にたつ司法修習」一九七〇年八頁以下)。この司法省試案は法曹一元に対抗し、司法官僚制度を残すために提出されたと言われていますが、司法制度改正審議会の結論は司法省試案よりも後退してしまいました。
その後の経過について「岐路にたつ司法修習」から、以下に引用します。
「従来の官僚支配を基本的には維持しようとした司法制度改正審議会の構想では、このような事態の発展には、とうてい応えることができなかった。そこで、昭和二一年三月、連合国最高司令部の民間情報部保安課法律班のマニスカルコ大尉は、司法省に、個人的試案として法曹一元の実施を含む、裁判所構成法の修正案を提示した(前掲・内藤著五四頁参照)。この提案は、建議以来の弁護士会の主張を支持するもので、司法民主化を求める国民の期待にも応えうるものであったが、旧官僚支配を維持しようとする司法官僚側にとっては、受け入れ難い提案であった。(中略)司法省当局は、司法制度改正審議会での結論から、さらに法曹一元へと歩み寄った姿勢を示し、判・検事となるべき者と弁護士となるべき者とを区別することなく、統一して国家が養成するという提案を行なっている。この提案は、その後の臨時法制調査会と司法法制審議会における審議においてもそのまま採用された。その段階では、弁護士側委員は、法曹一元の実現をまったく放棄してしまっている。これは司法省のこの提案が、弁護士会の法曹一元の主張を妥協させ、マニスカルコ提案の実現をはばむためになされたことを推測させる。」(同書一一頁以下)
つまり、統一・平等・公正の理念に基づく法曹養成制度の新設は、裁判官のキャリア・システムを死守したい旧司法省官僚側が、憲法の要請である法曹一元の実現をはばむために提出した対抗案だというものです。

(つづく)