裁判官弾劾裁判所だけでなく懲戒制度も違憲(4)

憲法78条は、「裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行ふことはできない。」と定めるだけですから、どのような手続であっても、裁判所が懲戒処分を行うのであれば、憲法上の問題は生じないように思われるかも知れません。しかし、同条は、公正を期するため、懲戒処分を裁判によって行うことまで要請していると解釈されており、それを受けて、裁判所法第49条は、懲戒処分は「裁判によって」行うこととしています。そうだとすれば、裁判官の方が一般の公務員よりも保護が薄いというのは違和感があるはずです。どうしてこんなことになったかというと、おそらく裁判官分限法の立法に当たり、裁判官も一般の公務員も含めて特別権力関係に服するので、懲戒処分に不服を申し立てることはできないと考えられたのではないかと推測されます。そのような前提なら、裁判官の方が、曲がりなりにも裁判形式で懲戒処分を行うだけ、保護が厚くなるはずでした。

しかし、一般の公務員の場合、現実の裁判では、懲戒処分を訴訟で争うことはできないとする条文は存在しないので、「特別権力関係」に服するとしても、訴訟で争うことはできると解釈されたのです。それに対し、裁判官分限法には、最高裁は、最高裁及び高裁の裁判官に係る分限事件については、第一審且つ「終審」として裁判権を有すること、地裁等の裁判官に係る分限事件については、高裁がした「裁判」に対する抗告事件につき、「終審」として裁判権を有することが明記されていますので(第3条第2項)、訴訟で争えると解釈する余地がありません。

そうすると、裁判官分限法の手続の中で、裁判官の懲戒処分に関する手続が完結してしまうことの問題性が浮かび上がってくることになります。裁判官も特別権力関係には服さないという前提で、改めて、裁判官分限法、分限事件手続規則が定める「裁判」が憲法に適合しているか否かを見直さなければならないと考えます。

1998年(平成10年)に寺西判事補が、組織的犯罪対策法に反対する団体の主催するシンポジウムに参加したことで戒告の懲戒処分を受けた事件の抗告審で、最高裁は、寺西判事補の抗告を棄却しました。しかし、それには5人の裁判官の反対意見があり、その1人の尾崎行信裁判官は、次のように述べています。
「裁判官の分限事件手続規則(以下「規則」という。)7条は、裁判官の分限事件に関し、「その性質に反しない限り、非訟事件手続法第1編の規定を準用する。」と規定している。しかし、本件の当審における審理手続がいかにあるべきかについては、関連する法条の文言にとらわれることなく、事件の類型、性質、内容などに照らしそれらに適した手続はいかなるものか、それが近代法の下における適正な司法運営として広く受容され得るものかを検討の上で、決定することが必要である。
(中略)
また、本件のように特別な公法関係に入った者に対する基本的人権保障規定の適用に当たっては、一般人に対する場合と異なった制約の生ずることを認めざるを得ないが、その制約は、特別な公法関係の設定目的及び存在理由からみて合理的であって必要不可欠なものが最小限度で許されるにとどまると解すべきである。
これを懲戒について考えると、職務規範、懲戒事由等の実体面では具体的な職務、地位、責任に応じ必要で合理的と認められる制約があり得るが、懲戒手続やその不服申立方法等の手続面では被処分者の名誉等への配慮を要するほかはその関係に内在する合理的な制約を想定することはほとんど不可能である。つまり、懲戒処分事件の場合にも、憲法が一般国民に保障する公正な手続に従った裁判によって最終判断を受ける権利(憲法32条)を奪う合理的理由は見いだせず、その手続に関する限りは近代司法の諸原則たる直接主義、口頭主義のほか、被処分者が希望する場合には公開主義にものっとって行われるべきものと考えられる。一般の公務員の懲戒については、行政処分として懲戒決定があると、行政不服審査を経た上で司法審査による救済の道が開かれていることをみても、このようにいうべきである。」

このように、尾崎裁判官は、「特別権力関係論」の考え方を残しながらも、裁判官分限法及び分限事件手続規則の問題点を鋭く指摘しています。尾崎裁判官には、現在の裁判官分限制度は違憲であると、はっきり言ってほしかったと思いますが。「近代司法の諸原則たる直接主義、口頭主義」は、そのとおりですが、「公開主義」も必要で、「被処分者が希望する場合には」という限定は不当です。懲戒処分に対する出訴の途が閉ざされているとすれば、懲戒処分の手続自体に対審構造が取り込まれていなければならないと考えます。対審は当然公開だというのが憲法の原則であり、表現の自由を含む人権が争われる対審は必ず公開でなければならないのです(82条)。最高裁裁判官の人権感覚には疑問を抱かざるを得ませんし、このような裁判所だから、違憲審査権が錆びついているのだろうと思います。

なお、裁判官分限法の前身である判事懲戒法(明治23年制定)では、各控訴院(現在の高裁に当たります。)及び大審院(現在の最高裁に当たります。)にそれぞれ懲戒裁判所が設置され(控訴院は控訴院長を長とする5人、大審院は大審院長を長とする7人の判事で構成されます。)、検事が訴追官となり、訴追された判事が被告となって、口頭弁論を行うと定めています。つまり、対審による裁判が定められていました。裁判官の身分保障は、懲戒処分の手続に関しては明治憲法の時代よりも後退しています。

寺西判事補の分限裁判でも上記のとおり、違憲と考えられますが、次には、岡口裁判官の分限裁判に話を戻したいと思います。

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