岡口裁判官の職務停止決定の違憲は明らか

裁判官弾劾裁判所が7月29日、岡口裁判官の職務停止を決定し、判決まで岡口裁判官の職務が停止されることになったとの報道がありました。これにより、日本の裁判官弾劾制度の違憲性がますます明らかになりました。それにしても、このような制度が違憲であるという声がほとんど聞こえてこないのが、私には不思議です。

先に述べましたように(6月18日付コラム)、法律が定める日本の裁判官の「弾劾」事由は、
「 一 職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠つたとき。
二 その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき。」(裁判官弾劾法2条)
です。法律が定める「弾劾」と、憲法が定める「弾劾」と同じかどうかを考える人はほとんどいません。

裁判官弾劾法2条は明治憲法下の判事懲戒法(明治23年法律第68号)1条の懲戒事由をそのまま引き継いでいますが、職務執行停止決定も、同法51條1項の、
「懲戒裁判所ハ懲戒事件ノ轉所停職若ハ免職ニ該當スルモノト思料スルトキハ何時ニテモ職權ヲ以テ又ハ檢事ノ申立ニ因リ懲戒裁判手續結了ニ至ルマテ被告ノ職務ヲ停止スルコトヲ決定スルヲ得但シ職權ヲ以テ決定ヲ爲ストキハ檢事ノ意見ヲ聽クヘシ」
との規定を引き継いでいます。

裁判官弾劾法の規定は、
「弾劾裁判所は、相当と認めるときは、何時でも、罷免の訴追を受けた裁判官の職務を停止することができる。」(39条)
となっており、職務停止決定の要件が定められておらず、歯止めがありません。しかも、罷免の裁判は裁判員の3分の2以上の多数が必要ですが、職務停止の決定は過半数でいいとされています。これが合憲だというのは、私には理解できません。

岡口裁判官の職務停止決定を不当だとする意見や、決定が比例原則に反して違法、違憲だとする意見は見受けられますが、そこまででとどまっています。しかし、そのような意見は立憲主義を軽視しているのではないでしょうか。訴追委員会が不当な決定をした、裁判官弾劾裁判所が不当・違法・違憲の決定をしたという前に、そのような不当・違法・違憲の決定ができる制度になっているという、立法の違憲を問題にするべきではないのでしょうか。

つまり、日本の裁判官弾劾法は、権力を縛るものになっていないと言いたいのです。

日本国憲法が定める「弾劾」は、英米における歴史的の積み重ねによって形成された概念です。憲法が受け継いだのは、その「弾劾」です。しかし、日本の裁判官弾劾法は、それを全く無視して明治憲法下の判事懲戒法を受け継ぎ、ただ懲戒権限者をすげ替えただけのものになっています。

岡口裁判官には、違憲を理由とする訴追無効確認、訴追取消、職務停止無効、職務停止取消の訴訟を提起し、執行停止の申立てをされるよう、切望します。

追記

私が裁判官弾劾制度について初めて疑問を持ったのは、私が司法試験受験勉強をしていた1969年の平賀書簡事件(札幌地裁で長沼ナイキ基地訴訟を担当していた福島裁判官に対し、平賀所長が書簡を渡して、干渉した事件です。)について、平賀所長と福島裁判官が訴追委員会に訴追請求され、平賀所長は弾劾事由なしで不処分、福島裁判官は書簡を公表したことが弾劾事由に該当するが訴追猶予とされた時のことでした。平賀書簡事件は、裁判官の独立を侵すものとして大きな問題となったのですが、右翼団体は、福島裁判官が青年法律家協会(青法協)に所属しているとして、問題を裁判官の政治的偏向問題にすり替え、マスコミも、ある時期から、報道の基調が変わり、その情報操作に加担するようになった経緯を目の当たりにしました。この頃から、最高裁は、石田和外長官と矢口洪一事務総長のコンビで青法協所属の裁判官に対し、圧力をかけるようになりました。宮本判事補の再任拒否事件は1971年で、私が司法試験に合格したのは1972年でした。まさに、裁判所の激動の時代でした。

私がこの問題を特別権力関係論の面から考えるようになったのは、大阪大学で松島諄吉先生の科目を受講した影響が大きいと思います。

今回の岡口裁判官の職務停止で、日本の裁判官弾劾制度は違憲であることが一層明白になったと確信するに至りました。

 

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