岡口裁判官に対し「洗脳」で慰謝料の不当判決について 脆弱な日本の司法

本年1月27日、東京地裁において岡口基一裁判官に対し、44万円の賠償金の支払を命じる判決が言い渡されたとの報道がありました。
報道によると、岡口裁判官は2017年、原告の岩瀬正史氏・裕見子氏の次女加奈さん(当時17)が殺害された事件について、ツイッターに判決文のURLを貼った上で、「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男」「そんな男に無残にも殺されてしまった17歳の女性」と投稿し、遺族の2人は岡口裁判官が当時所属していた東京高裁に抗議し、東京高裁から岡口裁判官が反省していることや、この件について二度と投稿しないことなどを説明されたというが、その後も岡口裁判官は2018年に「単に因縁をつけているだけ」と投稿するなど、釈明等の投稿を繰り返したこと、加奈さんの命日である2019年11月12日にはフェイスブックに「リンクを貼った俺を非難するようにと、東京高裁事務局及び毎日新聞に洗脳されてしまい、いまだにそれを続けられています」と書き込んだことにより、名誉毀損等を理由とする慰謝料請求訴訟を提起し、本件判決に至ったというのです。

本件判決は、報道によれば、2019年の投稿のみを「遺族などの名誉を傷つけるもので、事実に反し、人格を否定する侮辱的表現だ」と認め、不法行為に該当すると判断したということです。もしそうだとすれば、判決は重大な実質的矛盾を引き起こしています。

まず、裁判所のホームページで公開された判決を紹介したことは、名誉毀損はもちろん、侮辱罪としても不法行為としても問題にならないはずです。その判決には固有名詞がありません。それにもかかわらず、原告は、氏名を公表し、その事件を固有名詞付きで広めました。これはおかしなことではないでしょうか。

原告は、東京高裁に抗議したというのですが、東京高裁は、そのような抗議に取り合う必要はなかったはずです。本件判決も、不法行為に当たらないと判断したくらいです。

ところが、東京高裁は、客観的に見れば、本件原告とタッグを組み、岡口裁判官に圧力をかけてツイッターをやめさせるため、厳重注意処分としました。

原告は、それにも飽き足らず、国会の裁判官訴追委員会に岡口裁判官の弾劾訴追請求を行い、2019年8月には、それに対する賛同を求めてネット上での署名活動まで始めたということです。岡口裁判官の同年11月の「洗脳」の投稿は、原告の上記行為に対抗する反論、弁明であったことが、時系列から明らかです。

つまり、原告は不法行為にもならない岡口裁判官の行為を捉えて、岡口裁判官を罷免させるための策動を大々的に始めたのです。原告の弾劾訴追請求は、岡口裁判官を攻撃するために大砲を持ち出したということを意味します。これに対する岡口裁判官の同年11月12日の「洗脳」投稿は正当防衛というべきです。先に大砲で攻撃を仕掛けたのは原告であり、それに対し、フェイスブックでの反論というのは、むしろ穏やかな手段です。反論により原告が精神的苦痛を被ったとしても、先に不相当な攻撃を仕掛けた者として、当然受忍すべきです。

本件判決は、岡口裁判官が、ある刑事事件の判決をツイッターで紹介したことは不法行為に該当せず、当然弾劾訴追請求を行う正当な根拠にもならないということを前提にしながら、不当な弾劾訴追請求に対する正当防衛を違法と判断していることで、矛盾を引き起こしていると言わざるを得ません。

もちろん、「洗脳」というのは、文脈から判断すれば、論評の域を出ず、この面からも本件判決は妥当ではないというべきですが、判断にバイアスが掛かっていることは、最高裁の分限裁判にも共通です。「洗脳」に関しては、仙台高裁が2020年1月に分限裁判の申立てを行い、最高裁が懲戒処分を決定していますので、本件判決も最高裁に迎合したものと考えられます。仙台高裁の分限裁判申立ても最高裁の意向を汲んだものではないかとの疑いを否定できません。最高裁が常々岡口裁判官を目障りな存在とみていたことは明らかです。

この事件の推移からも、やはり岡口裁判官は強大な国家権力を相手にして孤立無援の戦いを強いられているように、私には見えます(参考 「孤立無援 たった一人で国会と戦っている裁判官」)。 これは、日本の司法権の独立、裁判官の独立が、いかに軽視されているかの見本です。このような司法では、法の支配は大きな欠陥を抱えていると言わざるを得ません。

本件の隠れた争点は、個人の表現の自由にとどまらない司法権の独立、裁判官の独立という立憲主義の根幹に関わる問題ですが、岡口裁判官や岡口裁判官の弁護団は、事の重大性を十分認識していないのではないかと感じます。岡口裁判官が控訴権を放棄したという報道を見ても、失望するほかありません。

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2023年3月11日追記

髙野隆弁護士が、著作者人格権等侵害行為差止請求の被告として関わられた事件の控訴審(知財高裁)判決を公開されています。http://blog.livedoor.jp/plltakano/%E6%8E%A7%E8%A8%B4%E5%AF%A9%E5%88%A4%E6%B1%BA20211222%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0.pdf
同判決は、2022年7月6日、上告不受理により確定したということです。

その判決は、「権利濫用の成否」について次のように判示しています。

「一審原告は、産経新聞社に対し、一審被告髙野の氏名に関する情報を含め、本件懲戒請求書又はその内容に関する情報を自ら提供したものと推認される。そうすると、一審原告は、産経新聞社に対し、本件懲戒請求に関する情報を提供し、それに基づいて、本件懲戒請求書の一部を引用した本件産経記事が産経新聞のニュースサイトに掲載され、その結果、(中略)ブログにより、本件懲戒請求書に記載された懲戒請求の理由及び本件産経記事の内容に対して反論しなければならない状況を自ら生じさせたものということができる。」
「本件記事1の目的は、本件産経記事により、一審被告髙野に対する本件懲戒請求の事実が報道され、一審被告髙野に対する批判的な論評がされたことから、一審被告髙野が、自らの信用・名誉を回復するため、本件懲戒請求の理由及びそれを踏まえた本件産経記事の報道内容に対し反論することにあったものと認められる。
ところで、弁護士に対する懲戒請求は、最終的に弁護士会が懲戒処分をすることが確定するか否かを問わず、懲戒請求がされたという事実が第三者に知られるだけで請求を受けた弁護士の業務上又は社会上の信用や名誉を低下させるものと認められるから、懲戒請求が弁護士会によって審理・判断される前に懲戒請求の事実が第三者に公表された場合には、最終的に懲戒請求をしない旨の決定が確定した場合に、そのときになってその事実を公にするだけでは、懲戒請求を受けた弁護士の信用や名誉を回復することが困難であることは容易に推認されるところである。したがって、弁護士が懲戒請求を受け、それが新聞報道等によって弁護士の実名で公表された場合には、懲戒請求に対する反論を公にし、懲戒請求二理由のないことを示すなどの手段により、弁護士としての信用や名誉の低下を防ぐ機会を与えられることが必要であると解すべきである。
本件においては、(中略)一審被告髙野が、公衆によるアクセスが可能なブログに反論文である本件記事1を掲載し、本件懲戒請求に理由のないことを示し、弁護士としての信用や名誉の低下を防ぐ手段を講じることは当然に必要であったというべきである。したがって、本件記事1を作成、公表し、本件リンクを張ることについて、その目的は正当であったものと認められる。」
「一審被告髙野は、本件リンクにより、本件懲戒請求書の全文(ただし、本件懲戒請求書のうち、一審原告の住所の「丁目」以下および電話番号が墨塗りされているもの。)を本件記事1に引用したものであるが、(中略)弁護士としての信用及び名誉の低下を防ぐために、ブログに反論文である本件記事1を掲載し、懲戒請求に理由のないことを示すことが必要となった。」
「確かに、本件懲戒請求書は未公表の著作物であり、本件産経記事には本件懲戒請求書の一部が引用されていたものの、その全体が公開されていたものではないが、(中略)一審被告髙野としては、(中略)本件懲戒請求書の全部を引用して開示し、一審被告髙野による要旨の摘示が恣意的でないことを確認することができるようにする必要があったものと認められる。」

以上のように、知財高裁は反論権を認め、一審原告の権利の主張を権利の濫用として請求を棄却しました。最高裁もそれを是認したということです。

 

2023年3月14日追記

慰謝料を認めた判決文を読み、私が想定した問題点が完全に無視されていることが分かりました。